私は歩く。なにも哲学的な理由があるわけじゃなく、ただ単に、それが仕事だから。書類を七番隊に届けるだけの単純な仕事。早く終わらそう。あんまり遅いとまた隊長に怒られてしまう。隊舎の隙間を抜けて近道。出来るだけ早く七番隊隊舎まで。ああ、私がこんなに真面目に仕事をしてるのに世の中はちっとも私にやさしくない。なんでって。決まってるでしょう。ほら。あれだ。正確には前方斜め45度の、光景。十番隊隊長と五番隊副隊長が、和やかに賑やかに朗らかにご機嫌麗しく歓談中。なにせ死神になる前、流魂街からのイワユル幼馴染でいらっしゃるのだから当然。だからお二人が親しいのは当然。会えば話すのも当然。じゃれあってるのも当然。そしてそれを私が目撃するのは偶然。ひたすらに不愉快になるのはただの必然。なんて上手いこと言ってみた。こんなの全然上手くねーよバーカ、とか自分に突っ込みを入れながらも目が離せない辺り私ってすごく正直だと思うよ。なんちゃって。


ああぁそんな馬鹿なこと考えてるから二人に見つかってしまったじゃないかダメだ。サボってると思われる。慌てて頭を下げて当初の目的地へ急ぐ。グルグルドロリ。胸の辺りから雑音がするよ。汚いなこれ。こんな音早く止めば良いのにドロドロリ。「すいません十番隊です。書類を届けに参ったのですが、どなたか出て頂けませ」「はいご苦労様。
日番谷君によろしくね」「これは享楽隊長…!はい。確かにお渡し致しました。失礼します」びっくりしたよ。なんでわざわざ隊長が出てくるんだもう。まあ良いや終わったし隊舎に戻ろう。戻って仕事の続きをしなきゃドロドロリ、ドロ。ほらまた汚い音がしてる早くしなきゃ。私にはまだまだやることがあるんだからね。十番隊の隊舎に戻ったら日番谷隊長がいた。あれ何でいるの隊長困るんですよ。ちょっとなんで他の人いないの。松本副隊長はどこにいったんだ。副隊長なのに。


「お前さっきは何で逃げ出したんだ」待って何言ってるのこの人そんなの決まってるじゃないか。ねえ?ドロリドロリ。「ほら仕事の途中でしたし」「そのわりには随分長く立ち止まってたな」なんで知ってるんだこの人。わざとか。わざとなんだな最悪だ。「で、なんなんだ」なんなんだてこっちが言いたいよ。そっちこそなんなんだ私はただちょっと顔を見て逃げただけじゃないか。そんなの仕事中だったから気まずくて逃げ出したぐらいで納得してりゃ良いのにさ。ドロリドロリドロロリ。汚い音がするな。「いや、ね。雛森副隊長とお話してる最中でしたし」「それがなんだ」なんだとか言ったよ。それとか言っちゃったよこの人。隊員全員で気遣ってることを、あっさりだよ。「お、お邪魔かなって」グルグルドロドロ。ああ汚い音が大きくなってきた。うるさい。「はあ?何言ってんだお前」うわそういうこと言うか普通。さすが隊長並じゃないね。「とにかく、そういうことですから。私仕事がまだ残ってるんで、もう行きますね隊長」「…そうかよ」一つため息を吐いたその憂い顔に刀を突き立ててやろうかと思った。


ドロドロリグルグル。汚い音がさっきより大きくなった。聞いてて不愉快だこんな音。あの人自分がどれだけ雛森副隊長を気に掛けてるか知らないんだろうか。だからあんなこと平然と言えるんだろうか。どうしようもなく酷い人だな。まったくいつもいつも会うたびに雛森副隊長がやわらくてそれこそ華がパッと咲いた様な笑顔を振りまくのは隊長だけだということをいい加減自覚すれば良いんだ。更に隊長がふざけた軽口を叩いてちょっと意地悪く笑うその顔は誰にだけ向けられているかも自覚すれば良いんだ。あれちょっとこれほんと痛いなダメージでかいな致命傷だ。とにかくあの二人が実に綺麗な恋人同士の絵を描くから私はこうしてドロドロの汚物の塊を胸の辺りで押し留めなくちゃいけないわけで、そう考えるとほんと雛森副隊長が羨ましいよ。だって隊長に大切に大切に思われて守られて、藍染隊長にだって可愛がられて綺麗なままでいられるのに一体何が不満なんだ。藍染隊長に憧れてるなら日番谷隊長から離れればいいのにそれもせずにどっちも手の中に握ってあまつさえ私に見せびらかす様な真似をして酷い酷い。どうして貴女、そんなに恵まれてて一つぐらい恵まれない奴にあげようと思わないの。なんで独占してるの隊長は貴女のじゃないでしょう。ねえ。ああやって二人並んでると本当に相思相愛の恋人同士にしか見えないっていうのに。それを私に見せ付けて逃げるなとか日番谷隊長は最悪だ。もしかして隊長は私が隊長を好きで好きでたまらなくてどうしようもなく好きでもう一思いに殺してしまいたくて、いつも雛森副隊長に嫉妬して嫉妬してもう憎くて憎くていっそ殺してしまいたくて、二人でいるところを見ると胸の辺りから音をたててる汚物の塊をその場で全部ぶちまけたくなるこの抑えきれない衝動を知っているんだろうか。だからあえてそんな酷いことを言うのだろうか。私があまりにも汚い大きな音をたてているから、それがとうとう隊長にも聞こえてしまって。だから、だから、じゃあ私は隊長に嫌われてしまったのか。汚らわしい私を知られたのか私最低だ。ドロドログルグルドロリドロリ。ああうるさいやめて汚い汚い汚れる汚れたんだ私。


そこまで考えてすごく気分が悪くなった。吐きそうだ。もう吐いてしまった方が楽になるんじゃないか。もう吐いてしまえ。
隊長が好きで好きで好き過ぎてたまりません。









汚泥にとろけて