「私の傍にいるの?サーナイト」
「はい。お傍にいます、マスター」


マスターはいまだ御自身を苛まれています。とうとう目から光りを奪ってしまわれました。何も見たくはないとおっしゃって、目を黒い布で覆ってしまわれました。私には理由などわかりません。もはや私は従者の勤めなど何一つ果たせてはいないのです。私は出来損ないの従者であったのです。それでも私はいつものとおりマスターにお仕えしています。


「私の傍にいるの?サーナイト」
「はい。ここにいます、マスター」


マスターは全てを拒絶してしまわれました。いまだ夜中には痛々しい涙を流されます。ただひたすら謝罪を繰り返しておられます。しかし私には、するべきことが出来ました。常にお傍に、マスターのお傍近くに控えていることです。


「私の傍にいるわね?サーナイト」
「はい。ここに控えております、マスター」


マスターは日に日にやせ細ってゆかれます。マスターは何故だと尋ねることをお止めになりました。汚れているとおっしゃることもお止めになりました。ただ、常に私がお傍にいるのか、確かめることはお止めになりません。暗いものを映すようになった瞳は、何も映さなくなりました。笑顔と言う言葉など忘れてしまわれたようです。やはり私はいつものように従者としての勤めを果たしています。常にマスターのお傍にいながら雑務をこなすのは随分と困難です。それでも私の心は充足感を訴えています。出来損ないであっても、従者の心は失くしていなかったのです。


「私の傍にいるわね、サーナイト」
「はい。お傍に控えております、マスター」


しかしこれが私の望んだことでしょうか。マスターは変わらず御自身を傷つけておられます。私も変わらず何も出来ません。ですがマスターは私を見てくださいます。その目に映ることは叶わずとも、私だけを見てくださいます。私は、従者としての私は必要とされています。出来損ないにも価値があったようです。それはとても喜ばしいことです。


「私の傍にずっといるのね、サーナイト」
「はい。片時も離れず、お傍にいます」
「それでいいわ。それでいいのよ、サーナイト」
「はい。マスター」


私は従者です。それも出来損なった従者です。それでもマスターは私をお傍においてくださいます。この上ない誉れです。従者風情には過ぎた幸福です。だというのに、どうして私は以前よりも従者であることを厭わしく思っているのでしょう。いいえ。理由など、とうの昔に知れているのです。しかしそれは罪です。私をお傍においてくださるマスターのご好意を、最悪に裏切りるものです。それを口にした瞬間、私は従者ですらない最低なけだものに成り下がるのです。私では駄目なのです。あの男ではない私では、駄目なのです。私だけはマスターを裏切ってはならないのです。


「私の傍にずっといてね、サーナイト」
「はい。いつまでもお傍にいます、マスター」
「それでいいわ。それで、いいのかしら、サーナイト」



とうに過ぎた季節を



いつまで偽れば



いいのですか

(私にもわからないのです、マスター)