「「私は駄目だったのではないわ、サーナイト。私は汚れていたのよ」 「そのようなことはございません。マスター」 御自身を責め続けていらしたマスターは、御自身を苛まれるようになられました。理由など私にはわかりません。ある日突然、私は汚れているとおっしゃられました。私にはわかりません。従者の身でありながら、マスターの異変に気がつけなかったのです。私は従者の職分すらこなせない有様になってしまいました。それでも私はいつものとおりお仕えしています。マスターのお言葉を否定し続けます。私に許された唯一であるからです。 「私は汚れているわ、サーナイト」 「そのようなことはございません。マスター」 マスターは御自身を苛まれることをおやめになりません。再び夜中には痛々しい涙を流されるようになりました。あの男の名前を口にする代わりに、ただひたすら謝罪を繰り返されるようになりました。やはり私には何も出来ません。黙ってホットミルクをお持ちするだけです。 「私は汚れてしまったわ、サーナイト」 「そのようなことは、ございません。マスターは穢れなど無縁のお方です」 マスターは日に日にやつれたお姿になってゆかれます。マスターは駄目だとおっしゃることはなくなりました。何故だと問いかけることもおやめになりました。しかし汚れているとおっしゃることはおやめになりません。光りの無かった瞳は、暗いものを映すようになられました。もはや笑顔など、片鱗すらなくなってしまわれました。私はいつものように従者としての勤めを果たしています。それ以外に出来ることが何もありません。 「私は汚れているわ。穢れきってしまったわ、サーナイト」 「いいえ。いいえ。マスターのお心は穢れてなどいらっしゃいません」 何故私は従者なのだろうと考えることが増えました。従者である私には出来ないことが、許されないことがたくさんあります。たかが従者風情ではマスターの涙を拭いて差し上げることも、お止めすることも出来ないのです。ましてマスターのお心の痛みを和らげるなど、お救いすることもなどと。分をわきまえぬ行いです。これでは、私という存在に何ほどの価値があるでしょうか。今のマスターに必要なのは従者などではないというのに。 「私は汚れきってしまったわ、サーナイト」 「いいえ。いいえ。マスターは清らかな御方です」 それでも私はマスターの従者です。マスターのお傍に上がることを許された時から、私はマスターの従者以外にはなれないのです。私はあの男のように、人間の役割は果たせないのです。何よりマスターにお仕えしているのは私だけなのです。今のマスターを僅かなりとも支えて差し上げられるのは私だけなのです。その私が従者であることを厭うなど、恐ろしい罪です。大変な裏切りです。私だけはマスターを裏切ってはいけません。 「私は汚れて、汚れきってしまったの。サーナイト」 「いいえ。いいえ。マスターは清らかなお心でいらしゃいます」 「こんなにも私は汚れている。けれど、けれど、それでも私は、」 「マスター?」 「それでも私には、お前がいなくては駄目なのよ、サーナイト」 (どうかもう一度だけ、おっしゃってください |