「私では駄目だったのね。サーナイト」
「そのようなことはございません。マスター」
「いいえ。私は駄目だったの。あの人には、私では駄目だった」


マスターの幸せは終わりを告げました。マスターは痛々しく涙を流されることはなくなりました。私に幸せだとおっしゃることもやめてしまわれました。あの男の名前を呼んでは泣いていらっしゃるマスターに、ホットミルクをお持ちすることもなくなりました。あれほど壊してしまいたいと願ったマスターの幸せは、私の意志などまるで関係ないところで、あの男に壊されてしまいました。夢から覚めてしまわれたマスターのお姿に、やはりあの男を殺してしまえばよかったと後悔します。しかし私があの男を殺したところで、何も変わりはしないでしょう。従者である私では、マスターを幸せになど出来るはずがないのです。


「ねえ、サーナイト。私は駄目だったわ」
「そのようなことはございません、マスター」
「いいえ。私は駄目だったの。けれど、あの人は何故私では駄目だったのかしら」
「私にはわかりかねます、マスター」


マスターの幸せは終わりを告げました。けれどマスターは未だ幸せの余韻を追っていらっしゃいます。あの男の名前を呼んで泣いてしまわれることはなくなりましたが、あの男の名前を呼んでは、何故駄目だったのかと尋ねられます。私に尋ねられることもありますが、マスターの記憶に刻まれたあの男に尋ねられることもあります。マスターは幸せだとおっしゃることはなくなりましたが、問いかけることをおやめになりません。いつからか滂沱の涙の代わりに光りの無い瞳をなさるようになりました。以前は無理矢理に貼り付けたものであっても、浮かべていらした笑顔が消えてしまわれました。私はやはり何も出来ません。マスターが望まれないのです。私はいつものようにマスターにお仕えしています。何もしません。問いかけに答える以外のことなど、してはならないのです。私は従者です。従者以外の役など許されていません。傷ついたマスターのお心をお慰めするのは従者ではありません。マスターと同じ人間です。


「私はやはり駄目なのね。サーナイト」
「そのようなことはございません。マスター」
「どうしてそう思うの、サーナイト」
「私がお仕えするマスターは、大変素晴しい御方でいらっしゃるからです」
「それでもあの人は駄目だったのよ。どうしてかしら」


どうしてなどと、私があの男に聞きたいことです。どうしてあの男はマスターを手放してしまったのでしょう。他の女性が素晴しく見えたのでしょうか。マスターほど素晴しい女性など、どこにも存在しないというのに。一人で過ごす時間が欲しかったのでしょうか。マスターと過ごす時間ほど快いものなど、どこにも存在しないというのに。従者風情ですらわかることが、どうしてあの男にはわからなかったのでしょうか。


「私は駄目ね。サーナイト」
「そのようなことはございません。マスター」
「いいえ。私は駄目なの。
こうしてお前に確認をしなければ、私は私が駄目であることを認められないのよ」
「そのようなことは、ございません、マスター」
「いいえ。私は駄目なの。だから、あの人に私はいらなくなってしまった」
「そのようなことはけして、けしてございません、マスター」



ふりまかれた夢を


一体どうしろと


いうのですか

(私にはどうすることもできないのですか)