恋なのだと思った。
おそろしいほどの力を加えられ、絞り出すように吐き出す激情。それは腹の中で渦巻いて、胸を痛いほどに締め付け、喉を絞りあげては口腔から這い出ようとしている。けれどどうあってもそこから出ることは叶わないのだ。そうしてそのくやしさを私にぶつけるように、また力いっぱい締め付ける。そうしてまた私はのたうち回っては、苦痛にただ涙をこぼすのだ。だから言った。こんなものは、自分では到底抱えきれないと思った。
好きです。
たったそれだけ。たったそれだけ。こんなにも私を苦しめて、ついには理性すら絞め殺してしまった激情は、言葉にすればたったそれだけ。全然足りない。なにもかも、そう、なにもかもが足りない。こんなものではダメだ。この気持ちを伝えるにはこんな言葉では全然足りないというのに!
だからだ、きっと。彼がこんなにも困った表情をしているのは。私の気持ちがあんまりにも伝わらなさ過ぎて、だから困っているのだ。私の心を図りかねているのだろう。それがどれくらいの大きさをともなっているのか、彼にはわからないのだ。
私はもう一度伝えた。好きです。あなたが好きです。それでも彼は困った顔をしている。ああ。どうすればいいのだろう。私は他にこの恋を伝えるすべを知らない。ああ。なんということだろう。こんな言葉一つではなにひとつ伝わりはしないのだ。
私は焦り出す。どうして。どうして。こんなにも苦しいのに。こんなにも締め付けられているのに。あなたでなければダメなのに。どうやったら伝わるのだろう。なんと言えば伝わるのだろう。この激情をすっかり吐き出してしまわなくては、きっと私は死んでしまう!
好きです。好きです。好きです。馬鹿みたいに繰り返す。たったそれだけ。それ以外のすべを私は持たない。うわ言のようにただ吐き出す言葉にどれほどの重さがあるだろう。こんなことをしたって彼には何も伝わらない。
しだいに私は疲れてきた。同じことの繰り返し。惰性と何が違うのだろう。彼の困った表情を眺め続ける。けれど彼も疲れ初めてきている。私を理解しようとするやさしさも、使い続ければすり減るのだ。私は彼のやさしさを浪費してまで何をしているのだろう。それでも私は伝えなくてはならない。
ああ。行ってしまう。彼が行ってしまう。立ち上がり、やさしく私の頭をなでる。涙が出そうなほどにやさしい仕草。これはいつもの合図だ。もう終わりにしようと彼が言っている。やさしい彼はそれを口にせずに、私にやさしく訴えかける。ああ。
行ってしまう。彼が行ってしまう。待ってほしい。まだなのに。まだ何も伝わってはいないのに。
ああ。背を向ける。彼が背を向ける。待って。もう一度だけ言わせて。私は、私はあなたに恋をしているんです。だから、ねえ、待って。
「ごめんな。帰ってきたら構ってやるから」
行かないで。行かないで。置いていかないで。恋が私を締め付けるのです。理性をまんまと殺した激情が、私のからだを絞りあげては想いを吐き出させるのです。ああ。ああ。ああ。あなた、いとしいあなた、どうか待って。恋が私を締め付けて、私は苦しさに耐えることができません。
「ごめんな。何を言いたいのかわからないんだ、キャタピー」
ぐしゃり。とうとう恋は私すらも絞め殺してしまった。
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