はじまりの
いろ



「俺さ、とうさんの仕事を手伝うことにした」

どんなに話しをしていても、一言でふい、といなくなって。
ある日突然道で出会っては、力試しだと勝負を挑んでくる。
おとこのこなんていつも勝手だ。
おんなのこがどんなに頑張っていても、ちっとも気付きやしない。
ユウキくんはいつも勝手だ。
わたしが今どんな気持ちでいるかなんて、ちっとも考えやしない。

わたしが街から街へ旅をするとき、
どんなに期待に心を高鳴らせているか知らないくせに。
新しい街についたときに、その白い帽子が見えないかときょろきょろして、
街の人たちからくすくす笑われるのも知らないくせに。
わたしがユウキくんに追いつくために、
どれだけ必死にポケモンの勉強をしたか知らないくせに。
わたしがどれだけユウキくんと会うのを待ち焦がれているか、知らないくせに。

わたしがどれだけあなたを好きか、あなたは知らない。
あなたはわたしの何も知らない。
あなたがわたしを知らないことで、わたしがどれだけ傷を負うか知らない。
知ろうと、しない。

「ユウキくん」
震える唇。やっと吐き出した言葉はみっともなく震えていた。
心臓から変な鼓動が聞こえる。どき。どきどきどきどき。
まだ。まだだ。

「ユウキくん」
まだわたしは何も伝えていない。
まだユウキくんは何も知らない。

「ハルカはさ、チャンピオンを目指すんだろ?」
ちがう。違うの。そんなことを今言いたいわけじゃないの。
なくなってしまう。わたしとあなたを繋いでいたものが。
ねえ、どうして気付かないの。

「あのさ、上手く言えないんだけど」
やめて、やめて!わたしとあなたを断ち切る言葉なんて聞きたくないの。
ああ、あなたの唇が、わたしを断ち切ろうと。

「その、俺もがんばるからさ、ハルカもがんばれよ。
ハルカが頑張ってるのは俺が知ってるから」

………知っていて、くれた?
知っていて、くれた。
ユウキくんが、わたしを。
知っていてくれた。

そのまま膝が崩れ落ちないのが不思議なくらいだった。
わたしはもう何も考えられなかった。何も考えてはいなかった。
ユウキくんがわたしを知っていてくれたと、少しでもわたしを省みてくれたと、
ただその言葉だけが馬鹿みたいに膨らんで頭の中身を占領していった。

「ハルカ?」
何も返さずに黙りこくったわたしを、ユウキくんはさも不思議そうに覗き込んだ。
ユウキくん。ユウキくんユウキくんユウキくん。

「が…がん、ばる、よ、わた、し、わたしも、ユウキくんに、まけないぐらい!」
応えなければと必死に喉から絞り出した声は嗚咽交じりだった。
ユウキくんはわたしを見てやさしく苦笑した。
そんなにやさしく笑わないで。くるしいよ。

「じゃあ、今日から俺とハルカはお互い目標に向かって頑張ろうな。
お互いに、負けないぐらい」

ユウキくん。ユウキくんが好きです。
好きで好きでたまらないんです。
すきですきですあいしています。

そう口にする代わりに、わたしは何度も何度も頷いた。
首がちぎれるよとユウキくんに言われるまでずっと。
それが今のわたしにできる最高の応え方だった。

「俺たちの旅は、まだまだこれからだろ」


そう、ここから始まる。
とうとう零れ落ちた涙ははじまりのいろをしていた。