凡庸だった。特別うつくしいわけでも、女として魅力的なわけでもない。アルトの声が少しばかり心地いいと言えばそうかもしれない。では何かつよい意志が宿っている、わけがない。そんな気概とは無縁の性格をしている。では性格か。いいや。至って普通。多少甘えたで、妙に夢見がちとはいえ、そこらの少女たちと変わらない。大多数の前に埋没してしまう没個性。

「ねえ」

「なに」

「わたし、ここから出たい」

やり取りはそれだけだった。それ以外に何か必要とも思わない。連れ出すのに苦労なんてしなかった。密閉された部屋なんて、霧状の身体を持つ自分には何の意味もない。すり抜けて、手を引いて。握った手が思ったよりも小さくて、引いた体は軽かった。




劇的な出会いなんて期待したほど転がってはいない。たまたま忍び込んだ部屋に座り込んでいた、それだけ。所詮出会いなんてものはどこまでもありふれていて、退屈なものだ。他にめぼしいものもない部屋で、声をかけたのは間違いなく気まぐれだった。それから何度も部屋を訪れたのは、自分に怯えないのが物珍しかったから。原型の自分に怯えない人間を初めて見たというだけ。娘はただ退屈だと言い、自分も退屈だと返した。では暇つぶしをしようと、どちらともなく提案して。それ以下はあってもそれ以上にならない関係。


だから娘が出たい、と口にした時もたいした感慨はなかった。今更か、そう思っただけで。手を貸したのは、暇つぶしの一環。外に出たらどうなるのだろう、そんなちょっとした好奇心に過ぎない。外に出した後は、自分の棲み処に戻った。付き合う義理なんてさらさらなかった。身一つで放り出された娘はどうするだろうと、思わなかったわけじゃない。けれどそれも心配ではなく、ただの好奇心。次の日に野たれ死んでたら笑えるな、と眠る寸前に思った。


娘はしぶとかった。放り出したのが森だったのが幸いしたか、環境に適応しながら生きていた。呆れながら声をかけた時も、部屋にいた頃と何も変わらない返事が返ってきた。そこが笑えた。笑えたのでちょくちょく様子を見に行くことにした。娘も特に何も言わなかった。茶は出ないよ、とは言われたが。淹れたこともないくせに、よく言う。


森を出たのは、横から茶々を入れる奴が来たせいだった。娘を追ってきたとか、そういうことじゃない。単に縄張りを侵した馬鹿がいた。縄張りを侵すような馬鹿だから、やることも馬鹿だった。娘を人質にとって、勝ち誇る真似をしてみせた。その瞬間どうでもよくなって、もういいから娘を見捨てて帰ろうかと思ったが、その帰る棲み処が荒らされたのだと気づいて憂鬱になった。ゴースト、と呼ばれてやる気になったのも、そういう理由。それからなんとなく森を出た。


放浪していた時間は長くない。少女が大人びた顔をするようになり、ゴーストがゲンガーになる程度だった。娘はしぶといとはいえ、ただの人間に過ぎなかったし、自分は夜にしか行動できないという欠点があった。手持ちにされたのも、そういうお互いの都合を考えた結果だった。適当に拾ったモンスターボールは、予想通り居心地が悪かった。


だからいい加減ボール暮らしに飽きた頃、娘がおもむろに無人の家に立ち入り、今日からここに住むと言い出した時も、ああこれでボールとは無縁の生活かと思っただけだった。これでこの娘とも終わりだと思ったのは、実に自然な発想だった。出て行こうとする自分に、声をかけた娘こそがおかしかった。自分たちは利害の一致から行動を共にしていただけで、主従関係でも、まして友人でも家族でもない。止められる理由などなかった。それは娘自身もよくわかっていたはずなのに。ただ一言。そう、一言だ。「どこいくの」当たり前のように投げかけられた問いかけに足を止めてしまったのは、いつもの気まぐれだ。かけられた言葉が、あんまりにもそぐわないものだったから。



「なんだ、わかってなかったの?」



要するにどういうことなんだと問うたら、要するにあんたはわたしが好きなんじゃないかと返された。まったくバカじゃないのか。ぼくがきみを好きなんじゃなくて、きみがぼくを好きなんだろう。




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