「もう会うこともあるまい」
その一言で生じる虚ろ





―あの日からどれくらい経っただろうか。
ふと戯れに思う。 他愛も無い思考にすら即座に反応し、数字を吐き出す。ついでとばかりにあの日から今までの記憶再生も実に軽快に流れていく。憎らしい脳め。こんな時ぐらいは甘ったるい感傷に浸らせてくれたとて罰もあたるまい。だというのに職務上いつどんな時であれ冷静さを保てと義務を課した理性は今日も正しく働いているようだ。僅かなりとも感傷に浸ることのできない己を隊長としてふさわしいものであると褒め称えるべきか、そんな当たり前な感情の動きすら満足にできないと一人の死神として嘆くべきか。ああ。ため息を一つ吐き、書類に視線を向けて益体もない思考を切り替える。


確か十一番隊の隊員だったか。救護室に拘束されているという事実が気に食わないのか隊員たちの指示を守らないのだとか。さすがに暴れて室を抜け出そうとすることはなくなったけれど、素直に言うことを聞く気にもなれないとは実に十一番隊らしい気質だ。こちらは健康管理にまで逐一気を配って施療しているのだが。そういった事情など気にも留めていないに違いない。そうだあの人はきちんと健康面に気を配っているのだろうか。いつもいつもこちらに悟らせまいと無理をする人だった。自分がその場にいたから大事には至らなかったとはいえ誰しも限界はあるというのにいっかな休憩を取りはしないのだ。それが意地にせよ見栄にせよ、誰かが気付いてやらなければならないというのに。彼らはその辺りに気を配っていてくれるのだろうか。いいや部下に弱みを見せる人ではないからきっとまた身体に無理をさせているのだろう。ほらやはり私がいなくては――



―いなくては、なんだというのか。
何が思考を切り替える、だ。馬鹿馬鹿しい。少しも身が入っていないではないか。先ほど理性は正しく働いていると判じたばかりだとういうのに。それともこれが感傷で、理性はすでに崩壊しているのか。ああ。 いけない。感傷に浸らせてくれとは望んだが、こんな感情を呼び起こすことなど望んでいなかったのに。これでは仕事に差しさわりが出てしまう。なんとか切り替えを、感情の封印を。今は勤務中なのだ。よし、ほら、落ち着いてきた。気持ちを落ち着かせるときは何より自分の意思がものを言うのだとあの人が―――ああ、もう!

だんっ!苛立たしげに手の平を執務机へ叩きつけた。あら勇音。何もありませんよ。騒がせてすみません。ええ大丈夫です。何も心配することはありませんから。本当ですよ。私の状態は私が一番知っていますから。さあ自分の仕事にお戻りなさい。勇音にまで心配をさせてしまうなど。ほんとうに今の自分はどうかしている。一体何がどうなっているのだろう。もちろん原因はわかっている。だが自分とて恋愛の経験はそれなりにあるのだ。別れとて幾度もあった。いつだって割り切って過ごしてきた。 こんな衝撃的な別れはなかったが、人と人が別れることにさしたる違いなどありはしない。そう、たとえ傷は消えずとも、心の底へ押し隠し、無いものとして振舞うことが出来る。いや、出来ていたのだ今までは。なぜそれが今日に限って上手くいかないのか。あの日から今日までどれだけの時間があったと思っている。四番隊を預る隊長として、今まで取り乱すことも無く、事後処理に勤しんでいたではないか!遠くあの人と共に過ぎ去った過去に別れを告げ、美しく輝く記憶を綺麗な思い出へと変えられると、そう、思っていた。いや、信じていたのだ心から。 だというのに。なぜ今更になって。
そう、今更なのだ。全ては終わったこと。もう終わってしまったのだ。


    今頃    


それでも、彼と過ごした時間はあまりに眩しくて。切なくて。愛しくて。初めて恋を知った少女のように、心が弾んだものだ。 そんなものはありはしないと知りつつも、この穏やかな日々よ永遠なれと何かに願ったのだ。 


  今頃   後悔なんて遅すぎる    



「責任ぐらい、取って下さい」
虚空を睨んで投げる言葉。




届くことは無いなんて、自分が一番知っている。